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癒しは本当に思考の中断なのか?

こちらで書こうかあちらで書こうか・・・・・

私のもう一つのblogに立寄ってくださった方が、ご自分のblogの中で村上春樹と相田みつをについて述べていて、彼らの作品は単なる癒しに過ぎないと論じていらっしゃる方がいました。

Flobl2_1 「癒し」は考えることをやめ、思考の中断であると・・・・・

本来そちらのblogでコメントすべき内容なのかもしれませんが、今回は癒しがテーマと言うこともあって、こちらのblogで考えてみたいと思います(ここでは文学論については扱いません)

さて、「癒し」というのは、果たして思考の中断なのでしょうか?

確かに、人は悩み疲れている時、その状態から逃れようとして、時として別のことに意識を向けようとします。
その意味では自己の課題に取り組むことを止める訳ですから、中断という見方もできると思います。

しかし実際に癒しを求めている時、或いは癒されていると感じる時、その人は考えることを止めているのでしょうか?

考えを止めることができないから「癒し」を求めるのではないでしょうか。
癒されていると感じる時こそ、実は答えを求めてもがいているのではないでしょうか。
思考を中断してしまったら答えは出ません。答えが出なければ解決はしないのです。
思考の中断は単なる回避にしか過ぎません。

では、癒されたら答えは出るのでしょうか。
そうは思いません。「癒し」は答えではないのです。

「癒し」は精神的な救いです。

確かに「癒し」は心地よい・・・・・Flopi_1
一時の休息のように感じられて、だから思考が中断しているようにも思えます。
でも実際は違うのではないでしょうか。
癒されることで答えを探す勇気が湧いてくるのだと思います。

私は「癒し」とは新たな思考を呼ぶためのきっかけになりうる「心のお薬」ではないかと思っています。

皆様は如何お考えですか?

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